2013年8月11日日曜日

チベット仏教国ブータン。 ~ 国民総幸福量GNHの現状 ~

写真: 中国チベット自治区ラサ近郊の僧院で。

私はアジアで今行きたい国が2つあります。
ミャンマーとブータンです。
どちらも仏教に所縁の深い国ですね。

ミャンマーは人口の90%が上座部仏教徒。
ブータンは世界で唯一チベット仏教を国教とする国家です。

今回ご紹介したいのは後者のブータンです。

ブータンでは、先月の7月13日に下院議員選挙が行われました。
前国王の主導により、2008年に約100年続いた王制から立憲君主制に移行しました。

今回は、立憲君主制に移行して2回めの選挙でした。
選挙の結果、野党の国民民主党が過半数を獲得して
与党のブータン調和党を破り、政権交代となりました。

与党だったブータン調和党は、2008年の立憲君主制移行にともなって経済成長や
都市化を進めてきましたが、王制のもとで保護してきた伝統文化が変質してしまったり、
格差や環境汚染などの社会問題が顕在化していました。

AFPフランス通信社では7月15日のニュースで、
『この選挙結果について専門からは、「幸福の国」を掲げる同国の
「国民総幸福量」(Gross National Happiness, GNH)指標や
経済の先行きに対する国民の不安を反映していると指摘した。』
と報道しています。

国民総幸福量GNHとブータンの現状


国民総幸福量GNHは、数年前に日本でも話題になりましたね。
国民総生産GNPや国内総生産GDPの経済的・物質的な豊かさの指標に対し、
精神面での豊かさを指標とする概念です。

GNHについて、ブータン政府観光局から引用します。

” 第四代国王は、国家の問題が経済成長だけに特化されることを心配し、ブータンで優先するべきなのはGDPではなくGNHだと決めました。そして、国の発展の度合いをGNHで測ることを提唱しました。彼は、豊かであることが必ずしも幸せではないが、幸せであると段々豊かだと感じるようになる、と言っています。一般的な発展が、経済成長を最終目的として強調するのに対し、GNHの概念は、人間社会の発展とは、物質的な発展と精神的な発展が共存し、互いに補い合って強化していったときに起こるものだ、という考えに基づいています。”

素晴らしいコンセプトですね。
実際にGNHのコンセプトに基いて政治が行われるならば、
国民は幸福感で満たされるのかもしれません。
少なくとも、2005年頃までのブータンではGNHを軸にした政治が成功していたと思います。
しかし、物質的発展と精神的発展のバランスを取ることは大変難しいようです。
上記の様に、ブータン自身が今その問題に直面しています。



上のグラフは、1980年~2013年までのブータンの実質経済成長率を表したものです。
ブータン調和党が政権を取った2008年~2013年の平均実質経済成長率は7.9%。
この急速な経済成長の裏で、経済格差や環境問題が発生し、幸せを実感できない人が
増加しているのが現状です。

さらに、ブータンでは歳入の約30%をインドからの支援賄うなど、経済的にインドに依存する
状態が続いています。今回の選挙を巡っては、インドは6月にブータンに輸出する
灯油等への補助金を打ち切り、燃料価格が高騰したことから、ブータン国民の不満が高まり、
野党の地滑り的勝利の一因になったと言われています。

ブータンで活躍した日本人、西岡京治


ブータンへの援助は、ほとんどがインドからのものですが、日本もブータンへの国際援助を
行なっています。ブータンで活躍された西岡京治さんは、1964年~1992年の28年間、
同国への農業指導に自らの人生を捧げました。1980年に彼はブータン農業の貢献を
評価されて、国王から「ダショー」の称号を贈られました。
ダショーとは、最高に優れた人という意味です。
彼の活躍の詳細は下記のリンクを御覧ください。



ブータンの暗い過去、南部問題


さて、話がそれましたが、
ブータンが高い水準の国民総幸福量をこれまで維持できた背景には、
国民の連帯意識を重視した政策があったようです。

ブータンの民族構成は、チベット系約8割、ネパール系約2割ですが、
80年代後半に増加しつつあるネパール系住民に危機感を覚えたブータン政府は、
1985年、定住歴の浅い住民に対する国籍付与条件を厳しくしました。
結果的に、国籍を実質的に剥奪された住民が、
特に南部のネパール系住民の間に発生しました。

さらに、1989年に「ブータン北部の伝統と文化に基づく国家統合政策」が実施されます。
その内容は、チベット系住民の民族衣装着用の強制、ゾンカ語の国語化、
伝統的礼儀作法の順守等がありました。
これに対し、ネパール系住民が多いブータン南部において、この政策に反対する
大規模なデモが繰り広げられました。
このデモを弾圧するために、ネパール系住民に対する取り締まりが強化され、
拷問などの人権侵害があったとの報告もされています。
幸福の国らしからぬ行為ですね。
この混乱から逃れるため、多数のネパール系住民が難民としてネパールに流出しました。
ネパールの難民キャンプで生活するブータンのネパール系住民は、10万人といわれています。

国のアイデンティティや連帯意識を重視しようとした結果、
民族浄化とも言える政策をとってしまったことは、ブータンの恥ずべき過去でしょう。

国家としての幸福とは?


ブータンという国は多くの辛い過去を経験して今に至るわけですが、
国家としてどのように幸福を定義しているのでしょうか。
ブータン政府は、国民総幸福量について4つの柱があるとしています。
  1. 公正で公平な社会経済の発達
  2. 文化的、精神的な遺産の保存、促進
  3. 環境保護
  4. しっかりとした統治
ブータン政府は、この4つの柱に基いて国家を運営しています。
そして次の9つの構成要素によってGNHを測っています。
  1. 心理的幸福
  2. 健康
  3. 教育
  4. 文化
  5. 環境
  6. コミュニティー
  7. 良い統治
  8. 生活水準
  9. 自分の時間の使い方

4つの基本理念にそって国家を運営し、9つの構成要素で国民の幸福度を計測する。

物質的・経済的な豊かさの値で国や国民を数値化する実状への批判として、
精神的な豊かさの概念を提示するブータンの姿勢には賛成しますし、素晴らしいと思います。

しかし、近年の国民の不安や幸福感を感じられない状況は、
4つの柱のバランスが崩れてきていることを表しており、急速な経済発展が進む現状での
GNHに基づいた国家の運営がいかに難しいかを示しています。

個人としての幸福とは?


7月のWired誌で面白い記事がありました。
イギリスで実際に幸福を実感するために必要な自由時間を調査した保険会社があります。



実社会で仕事をこなしている人々にとって、幸福をこの記事のように考えるのが一般的でしょう。

それでは、この国が国教と定める仏教の観点から、幸福というものを考えてみましょう。

仏教の立場で考えると、幸福とは自らの心の問題であって、
自分の外に原因を求めるものではありません。
自分の外に原因を求める限り、いつまでたっても問題は解決せず、心は満たされないでしょう。
外に原因を求めず、自らの内面を見つめなさいと仏教では説いています。

ブータンが鎖国状態の時代には、国民もこのような仏教の教えを尊び、
現状に感謝する生活の中で、内面の幸福を感じていたのかもしれませんね。


最後に幸福について、ブータンの国教でもあるチベット仏教の最高指導者
ダライ・ラマ14世のお言葉をお借りします。
 (正確にはブータン国教はチベット仏教ドゥク・カギュ派、ダライ・ラマはゲルク派)

 ”物やお金だけでは本当の幸福は得られない。幸せとは心の平和。”

 ”だれもが願っている幸福な人生。あなたはどうしたら幸せを見いだせるのだろう。
  そのためになにより大切なのは、あなたのなかにある、穏やかで優しい
  「思いやり」の心を育むことだ。”
                               ダライ・ラマ14世

私個人としては、この言葉を実践できる人になれるように努力したいと思います。